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うさぎの書斎

司書教諭が読んだ本

2017年には向けて

恐ろしいもので、現職に就いて15年目を迎えようとしてます。

この間、いろんな形で本を紹介していこうと頑張ったつもりですが、とにかく読みたい本が先立ち、紹介はつい後回し…。

少なくとも、来年は今年より冊数多く紹介できればいいな、と、今年はわずか二冊だったので、かなり低い目標をかがけます(^^;)

 

何はともあれ、今後もよろしくお願いします。

英語は共通言語になり得ない

私が作文教育関係で教材研究をする時、必ず手に取るのが外国語専門の言語学関係者の書籍である。少し前なら鈴木孝夫や外山 滋比古あたりの著作を愛用していた。

日本人学者による日本語学のための書籍は、基本的に日本語学を学んでいる人間のためのものであって、その専門をかじっていない人間にはなかなか難解なのである。その点、外国語の専門家は、自分が教える相手にとっても外国語であるからたぶんそれをふまえて比較的平易に説明することも習慣化されているだろうし、何よりも日本語を外から見ることでわかる、私にとっては新しい視点が新鮮で面白かったからだ。特に大学・大学院時代通して、文学の講義・演習は履修できる限り履修したのにもかかわらず、言語学関係はことごとく逃げ回っていた私には、わかりやすく日本語について説明してくれる格好の著者たちである。

最近はもっと具体的に生徒達にどうてにをはの使い方をおしえたり、ありがちな間違いや勘違いを理論的に正していくかが、私にとっての課題。

高校生相手なんだから、きちんと論理的にしかもわかりやすく説明しないと、生徒も納得しないし身にもつかない。そこでよく利用するようになったのは、日本語学習者のためのテキストである。敬語の使い方などはこちらの方がわかりやすいし、どういう点で躓くのか、またどのような思考からそのような間違いに行き着いてしまうのか、もわかるからだ。高校生ぐらいになると似たような間違い例も見つかるため非常に参考になっている。

一方で、最近つねづね考えさせられているのは、言語活動の読む・書く・聞く・話すのうち、読む・書くは非常に高度な言語活動であるにもかかわらず、その点は無視され四技能を一緒くたにされている印象がぬぐえてないことである。英語教育でもそうなのだが、下手すると話す技能が重視され、より高度で訓練を受けなければならないはずの読み・書きがないがしろにされてしまっているからだ。もしくは、それほど表現活動ができていないのに、できているかのように幻覚を見ているかのようにも思えるのが、最近危惧しているところ。

そういうなかで、いかにわかりやすく伝えることが大切か、ということを生徒達には訴えてきたのであるが、意外にも大人たちがそれを理解していない。ムダに長い文章が多い。特に教師という職種は、文字を読んだり書いたりするのが比較的得意な人々の集まりでもあるせいか、簡潔にわかりやすくという視点が抜け落ちてしまう困った点がある(かくいう私も、止められなければ長文になる傾向あり)。

わかりやすく簡潔にどう日本語を書いていくのか、それが最近の関心領域だから、この本はすぐに目に入った。 

やさしい日本語――多文化共生社会へ (岩波新書)

やさしい日本語――多文化共生社会へ (岩波新書)

 

 読み出して、一瞬期待を裏切られる。

じつはこれ、日本語そのもののテーマではなく、多文化共生が主題であるからだ。

日本語を話すのは、決して日本人だけではない。

例えば台湾。日本統治下で教育を受けた人々の多くは、日本語話者として長く読み書きをしてきた。今でも、北京語を話せたりしても、複雑なことを考えたり心境などを表現するには日本語の方が得意とする人は多い。

国内に目をむければ、在日外国人の人々。そしてちょっと未来に目を向ければ、難民・移民も今後は増えていくであろうし、その時彼らの多くは日本語話者となるからだ。

特に難民・移民に限定した場合、多くの場合はまず貧しく、母語や母国での教育も満足でないことが多い。そういう人々が日本に来たら使う言語は何であろうか? ゼロから外国語を学ぶ必要があり、就職や生活していくためには、その定住先の言語を学ぶのが手っ取り早いものである。たしかに日本にいて日本で生活していく言語的マイノリティーな人々にとって、英語は共通言語になり得ない。だからこそ、どんなに多言語表記がすすんでも「やさしい日本語」であることが必須なのだ。

本書では日本定住の外国人ばかりでなく、障がいをもつ人々に対する言語的配慮にも論究しており、さまざまな視点で「やさしい日本語」の必要性を教えてくれる。

それと同時に日本語とはなにか、という問を違った視点から見つめ直すのによいきっかけとなった。

なお付録の「やさしい日本語マニュアル」は日本語を母語にしている人々にも充分使える内容であるので、活用していきたい。

「隠れ読み」人生

我が一家は読書家、というより活字中毒一家であった。幼い時から、家の中には本が溢れていた。かつては「教育県」といわれ、さらには教員ないし教育関係に仕事に従事した人が多かったせいもあってか、本を買うことが何よりの楽しみであり、貧しい我が家では唯一の贅沢でもあった。

そんな一家に私が生まれたのだが、母はいわゆる「教育ママ」としてがんばった。英文科の大卒ということもあって、児童文学に対する心眼を持っていた。特別児童文学を勉強したわけでも、今みたいにインターネットがある時代でもないにも関わらず、出版流通事情がよくない長野県の山の上で、心眼があったということはすごいことである。

だから子どもに与える本も厳選していた。それは今でも感謝している。その母が買ってくれた全集といえば、これら。

集英社『ピクチャーランド(全25巻)』

この中の「ピッピロンドンへいく」がとりわけ好きだった。私の好きな西洋諸国であげるとすればイギリスをあげるのは、ピッピとホームズファンだからだろう。

講談社『母と子のメルヘン』

これは挿絵の素晴らしさで母は選んだらしい。ただし、内容は『サンドリヨン』にしても白雪姫にしても、子ども向けとしては原著に忠実(もしくは近い)で、けっこうグロテスクな人間の心の闇も見えたシリーズだった。

しかし、うちの母、そもそもがかなりの吝嗇(まあ、そのお陰で父の年収の割に私を東京の、しかも博士後期課程まで出してもらえたのだが)の上に、自分の読む本を買うお金を削ってまで娘に買い与えるのは苦痛だったらしく、この全集は残念ながら全巻買ってはもらえなかった。

コレクター気質も強い私にとっては、この経験から全集ものを全巻買うことが夢となり、現在の書籍には散財するようになった原点となっている。特に又従弟が、岩波少年文庫を相当数買って貰っていたので、うらやましいことこの上なかった。

ちなみに全集をそろえなければ気が済まないコレクター気質は父からのものか。数年に一度、高額な全集(ブリタニカ大百科も)を衝動買いしては夫婦げんかをしていたのを覚えてる。(そして娘は漁夫の利の如くそれを読みあさる)

話がそれた。

こんな吝嗇家の母だったから、娘に本を買い与えるのは、クリスマスと誕生日のみ、下手するとわずか2週間しか違わないため、クリスマスもお年玉も誕生日も一緒にされた。だから成長するとともに祖父母・親戚には図書券をねだる知恵がつき(現金だとすべて貯金にまわされた)、また祖母二人で隣町まで買い物に行くときにおねだりして買って貰った。あとはひたすら学校図書館にお世話になった。

また本があると勉強もお手伝いも日常の歯磨きすらすべてやらなくなるため、本が手元にあるだけで怒られるようになった。だから、隠れて読み続け、時には激高した母に本を燃やされたことすらある。

と、本については思い出が尽きない。

乱読の私にとって、学校図書館では、児童向け文学全集は格好の乱読の対象だった。残念なのは、そこに文字があれば良かった子なので、どこの出版社の物だとか、装幀はどうだったのか全く覚えていない点である。ちょっとだけ、読書記録の大切さを感じた一瞬。手かがりがない、うえに読んだ作品もいろいろな全集と混同しているため作品名だけでは絞れなかったりし、おまけに完全なる記憶違いも多いのでその全集について語れないのだ。ちなみに前述の全集についても、特定するのはかなり困難で、ピクチャーランドにいたっては、実家の倉庫から発掘してようやくわかった次第。

そんな訳で、人文書院のツイートで『少年少女のための文学全集があったころ』を出張滞在先で知るやいなや、書店に取り置きをネットで依頼(いやはや便利になった。宅配にしなかったのは、取り寄せと輸送時間すらもったいなかったため)。 

少年少女のための文学全集があったころ
 

 この本の感想を書くのは、私には難しい。

隅から隅まで共鳴してしまうからだ。そうでなかった部分は、こういう感性を持てた筆者に対する憧れであったり、羨望を感じてしまった。「読書感想文の憂鬱」の中で筆者はこう言う。

子どもに読書感想文を書かせることが果たしてよいことかどうか疑問に思うのは、作品を読んだ時に受けた印象を「かきまわしてはいけない」と思うからだ。

 

本当に大きな感動を覚えたとき、それは恐らく一生、その子の心に残る。言葉にしないまま、そっと胸の奥にしまっておくことで、その感動は子どもの成長と共に熟成し、心を豊かにする。

先日のこと。高校2年生のうちの生徒達には、『こころ』を読んでの感想文が出されているのだが、それに関する会話が耳に入ってきた。

 

こころ (ちくま文庫)

こころ (ちくま文庫)

 

 「この感動は心に留めておきたい。文字に起こすことで陳腐なものにしたくない」という。教師に向かってではなく、子ども同士での会話であるから、本心だったのだろう。語彙の量も豊富ではない子どもに、心の奥底にあるものを言語化させるのは難しく、その感動が書き切れない場合も多い。

 

ピアノリサイタルでの隠れ読みのくだりでは、彼女がなぜそんなにも『大きな森の小さな家』に夢中になれたのかよくわかったし、一方で母親に対する畏れも手に取るほどわかる。 

大きな森の小さな家 ―インガルス一家の物語〈1〉 (福音館文庫 物語)

大きな森の小さな家 ―インガルス一家の物語〈1〉 (福音館文庫 物語)

 

本書から感銘を受けるのは、具体的な作品に対す思いだけではない。司書教諭として、そして調査等が好きな私の気持ちを代弁してくれる箇所も多い。

前述のワイルダーに夢中になるあまり聴いていなかったピアノリサイタルを調べる過程や、「新しい女の登場」での与謝野晶子から「メリー・ボビンズ」にたどり着いた過程で探究心が満たされた時のわくわく感や充実感が書かれている。このわくわく感などの興奮が、次なる知欲求を満たそうとする原動力となるのだが、世の中の人の興奮をわかってもらうのは難しい。しかしこのような親しみやすい文章を紹介すれば、少しでもわかってもらえるのではないかなと思う。各作品についての部分も生徒に紹介したい大きな理由だが、私はここの部分も生徒に読むよう強く勧めたい。

 

筆者は、数多くの外国作品に触れ、また翻訳や抄訳についても本書で多く言及している。人の名前の表記や、言葉遊びのところにおおきく同意しつつも、筆者に対して強い憧れを抱くのが、子どもの頃に外国作品に純粋に楽しんで読んでいたという点である。

残念ながら、私にはそれができなかった。その当時にはその違和感ないし、作品に共鳴できない理由がわからなかったが、いまではわかる。西洋文化事情が全くわかっていなかったからである。

もちろん、児童向けの作品は、そのような知識が皆無でも充分わかるようになっているはずなのだが、活字中毒だったから活字をてはいたが、理解できないと心に入り込むまでは行かなかったのだ。

おちゃめなふたご」シリーズなどは好きではあったが、イースター休暇などが理解できず、季節感もつかめなくて困惑し、次第に外国文学から離れた要因でもあった。

 

おちゃめなふたご (ポプラポケット文庫 (412-1))

おちゃめなふたご (ポプラポケット文庫 (412-1))

 

 

また「母を訪ねて三千里」などのように、なぜ子どもを置いてまで他国に出稼ぎに行くのかも理解できず、さらには子どもだけで移動していることや、もっというとイギリスとインドの関係も良く理解できず、さらには凍死も理解できなかったから、長いこと「マッチ売りの少女」がどうしてマッチの火が消えるとともに死んでしまうのか理解できなかった。

私が再び外国文学に戻ってこれたのは、キリスト教主義学校で働くようになり、聖書について少しずつ学ぶようになってからである。キリスト教を知ることで、私の文学の世界が広まったのはいうまでもない。

幼かった私の頭は、ちょっとでも疑問にぶつかるとその先にある作品世界に入り込めなかったが、もし我が子がいたら、もちろん我が子でなくても全ての子どもたちに、私の二の舞を演じないように導いて行けたらと思ってる。その先まで行けた時、作品の文化的背景について全く知らなくても、なんとなくでもその作品から学べるのだろう。本を等して作品の文化的背景を知る意義について、筆者は「少年少女全集を永遠になれ」の章の最後で指摘している。

筆者は、『あしながおじさん』だけは買ってもらえなかったと嘆いているが、その背景は筆者の母君はそうとう英語に造形が深かったと推測される。たぶん原書で読んでもらいたいというだけではなかったはずだ。『あしながおじさん』も私にとっては読みにくい作品の一つであった。『アンネの日記』も同様。それは人称のせいでもある。

日本語の作品は、基本的に一人称の世界である。現代でこそ三人称もあるが、三人称はあくまでも神の視点をもつキリスト教文化であるから成り立っていたものである。だから英語では一人称から三人称まで明確な人称による区別がついているが、日本語に関しては基本が「私」である。したがって一人称以外は根づいていない(現代はたぶん「慣れた」という程度か)。だから日本語での二人称小説は日本語話者にとっては違和感を感じるのではないかと推測している。英語で読むから生きる人称であるならば、英語で読むべきである、と母君はそう本能的に(?)感じたのではないだろうかと推測して楽しんでみる。ちなみに『アンネの日記』は一人称ではあるが、他の人称があっての一人称である。そこは日本人の一人称とは異なるものだと感じている。

本書では多くの作品が紹介されており、懐かしく思う。その懐かしさを深めるために、少し読み返してみようと思う。特に大好きだった『若草物語』など。

もちろん知らない作品もあったので、ぜひとも読んでみたい。幼かった頃の時間を取りもどすように。

したがって、本書はは出てくる作品を読んでから読むのもよし、本書を読んでから読むのもよし、振り返りつつ感銘を共有したくなってから、本書を読み返すのもよし。幼い時から本好きだった人には至福の時を与えてくれる1冊だと思う。

 

そして相変わらず私の活字中毒の日々は続く。本を読んでいる限り、旦那のご飯も猫の餌もなし。今では座り込んで本を読んでいる限り餌はもらえない、と猫すら悟っている。

 

 

東京オリンピックは、高度経済成長期のにぎやかなお祝い

戦後70年ということで、この70年間を振り返る書籍が何冊も刊行された。

私も勢いに任せて買ったが、なかなか本腰入れて時間かけて読む機会がなく積ん読状態。

ようやく読んだのが、『戦後史入門』。

 

戦後史入門 (河出文庫)

戦後史入門 (河出文庫)

 

 私自身は文学部出身でバリバリの国文学。一応、歴史的視点をいれて論じること自体はできるのだが、歴史学は一般教養で学んだ程度。

ところが、就職してから、なぜか歴史と関わることが多くなり、かなり真剣に大学で歴史学を学び直そうかと悩んだ時期もあった。それは歴史について書いたり話したりするたびに、そもそも歴史とはなんなのか理解できないままでいる自分が歴史を語ることに対して恐怖や、場合によってはおこがましさを感じたりしてなんとか学びたいと思ったのである。(これほど苦悩してるのに、その手の仕事を押しつけるって一体……)

 

結局、学ぶ機会はないままいまにいたるのだが、その答えは本書にあった。

たくさんの出来事から、ある出来事を抜き出し、別の出来事とむすびつけて説明することが歴史なのです。歴史は出来事を解釈し、語る営みです。(16p) 

常々肌で感じていたことであったが、同じことを体験していても世代によって言うことがちがったりしていて、正直なところ判然としないままできていたのだが、それそのものが歴史だったのだ。

 

解釈し、語る以上は、人によって違うものとなる。これがすなわち、視点や立場が変われば、歴史の中の呼び方が変わるというものである。

太平洋戦争と大東亜戦争、敗戦と終戦。両者の違いをこれまでも漠然と区別しながらもどうしてだろうと疑問には思っていた。解釈や切り口、強調するところがちがうため、語られる歴史は自ずと違うものとなるのだ。

そしてなにより、

 

歴史は、いつも「いま」を説明するために考えられている(111p)

 

のである。

これだけ語る人によって違うものだといいつつも、やはり身勝手に語っていてはいけないことを筆者は、『三丁目の夕日』と『焼肉ドラゴン』を比較しつつ次のような警鐘を鳴らす。

 

歴史を記憶だけで語ってしまうと、自分が大切な記憶を失い、他者が大事にしている記憶への想像力が働かなくなってしまう。( p)

記憶は、その人や集団のアイデンティティとかかわっていますから、他者の記憶を知るためには、少し距離をとって、その記憶を歴史の視点からとらえ直さなければならないのです。(83p)

 

歴史は起こった出来事がすべてその後の歴史として語られるわけではない。一定の「プロセスを経て、はじめて歴史になる」のだ。

これは先日身をもって理解していた。昨年の出来事を他の仕事で紹介しようと振り返ったとき、どれも選べなかったのである。その時は生意気にも「まだ最近のことで、歴史の評価が定まっていないからよね」と思っていたのだが、その違和感自体は本書で裏付けられ、自分の中で納得できたのはよかった。

歴史の中では珍しく、同時代の人がいろいろな方向に向かって生きているにもかかわらず、あたかも事前に「流れが一つに決まっていたかのような一瞬」があり、その一種の切断点が1945年8月15日の終戦の日であると筆者は指摘。それから70年間に起きた出来事をとらえようと試みたものであるし、戦後のとらえ方も大変勉強になったのだが、それ以上のしもしも歴史学とはなにか、を学べた一冊。

事実こそ小説

もともと評伝が好きである。

一人の人間の生き様を読むのが楽しい。その人のハレの部分もカゲの部分も、どちらもあって初めてその人生が色彩豊かになる。

そして、ここのところ吉村昭がマイブームになっていた。

だから、実家に帰省中、長野の大型書店でこれを目にして買わないはずがない。

評伝 吉村昭

評伝 吉村昭

 

 このブログを開設した時の記事にも書いたように、吉村昭は私にとってはホッとする文体の作家で、作品そのものに強い感銘を受けてファンになったというより、乱読していく中でいくつかの作品に出会い、ホッとする印象を残した作家である。

 

rabbitstudy.hatenablog.com

 

もともと好きではあったが、最近のマイブームに火をつけたのが、これ。

 

味を追う旅 (河出文庫)

味を追う旅 (河出文庫)

 

 今年6月、勤務校の図書委員たちをつれて、店頭選書会にて生徒が選んだ一冊この手のものの中に、紛れ込んでいたのである。

いなくなれ、群青 (新潮文庫nex)

いなくなれ、群青 (新潮文庫nex)

 

 私と司書さんが早速読み、以来私の吉村昭熱が再燃。

むろん、東日本大震災後にもこれを読んでいたのもある。 

三陸海岸大津波 (文春文庫)

三陸海岸大津波 (文春文庫)

 

 

では吉村の作品でなにか好きかと問われると、正直わからない。

もともと吉村作品との出会いは、妻の津村節子を読んでいた中での出会いである。

 

さい果て (文春文庫)

さい果て (文春文庫)

 

 大学時代の研究が、女流文学だったからだ。そのうち、ゼミで現代の短篇小説を扱う中でさまざまな作家の短篇を乱読し、その中で吉村作品ともであったのである。

そんなのだから、同じ頃読んだ三浦哲郎と混乱することすらある(汗)

確か、津村の作品を読んでいて、吉村の姿を意識したのはこの場面だ。

「あのね、鯛が骨だけで泳いでいるのよ。ほんとよ」

 春子は熱い緑茶をいれながら言った。志郎は返事をしなかったが、春子の話は耳にはいっているらしかった。

「歯医者さんのグラフ雑誌に写真が出ていたの。なんでも鳥羽の旅館の料理人が苦労したらしいんだけど、鯛の活きづくりを観光用に研究して、鯛がわずかの間生きていられる限界まで身を剥ぎ取って泳がすことに成功したんですって。頭と内臓を残して、骨が透いて見えるほど肉を取ってしまってあるのよ。だから、まるで骨だけで泳いでいるみたいに見えるの。」

 志郎の顔に明らかに興味をそそられたらしい色が浮かんだ。(『玩具』より、『評伝吉村昭』にも引用部分あり)

 

玩具 (集英社文庫)

玩具 (集英社文庫)

 

 吉村自身は大家族の家であったが、両親・兄弟ともに若いうちに不幸が相次ぎ、また自身も満身創痍の身であったから、骨だけで泳ぐ鯛に興味を持ったことは容易に想像できる。当時は、妻からの夫に対してのまなざしを読み取るだけであったが、今回吉村の評伝の一部として読み返してみるとなかなか面白い。

『評伝 吉村昭』は、あらためて私がなぜ吉村を好きなのかという理由をまるで代弁してくれているかのように書いてある場所がいくつかあるので、あげてみたい。

吉村は驚きを感じて身をひそめ沈黙した。熱気の中にいたような戦時中に、それほど多くの戦争批判者がいたことは想像することも出来なかったのだ。吉村昭自身は勝利を信じて働きつづけ、戦争に積極的に参加した軍国少年だった。そんなことから、まるで自分が犯罪者であるような怯えにもとらわれた。しかし、次第に吉村昭は、そうした“進歩的知識人”なる人種の発言に反撥を抱くようになる。その体験が、のちに戦史小説を執筆するに当たっての原動力になっていることは疑い得ない。(30p)

 

洗脳教育的な戦前の教育の浅はかさと恐ろしさを知ると同時に、『進歩的知識人』なる人々への反撥もまた理解できる。

歴史を後から批判することは簡単である。しかし批判やまた逆に憧憬をもっていても意味はない。大切なのは、過去の歴史から何を学び、それを未来に活かしていくのかが大切であって、実は自分は戦争には反対だったと後から言って、吉村が抱いたような「犯罪者であるかのような怯え」から逃れようとすることは、自らの立ち位置を冷静に捉え判断できるはずの『知識人』とは遠く乖離した姿である。

 小さな世界で、くっきりと人間の営みが浮き彫りされているそのジャンルがきわめて魅力に満ちたものに感じられた。志賀直哉の文章の端正な文章に、日本語の範とすべき文体を感じ、森鴎外歴史小説に、簡潔な文章が峻烈な主題を冷徹に表現しているのを知った。(42p、『私の文学漂流』よりの引用部)
私の文学漂流 (ちくま文庫)

私の文学漂流 (ちくま文庫)

 

私が大学時代に研究対象として短篇小説を主に選んだのも、まさしく吉村と同様に人生き様がくっきりと描かれている点であった。もちろん、長編として評伝が好きなのもまた、この延長であろう。

吉村昭の最後の死の選択については、いろいろ思うことも多いので別の機会に。

 

さて、本書内にはたびたび同人誌について出てくる。私より下の世代で同人誌となると漫画やアニメの世界となってしまう。頭では違うとわかっていても、文豪達の同人誌の位置づけは、いまいち実感をともなった理解ではなかったので、そのあたりは作家達の人間関係などが、本書で学べて面白かった。

そして同人誌ネタで面白かった話が、写植・印刷を刑務所に依頼していた話である。(45p)

私が高校時代、文学部に所属していて、年に一度部誌を発行していた。当時はワープロが普及し始めたころで、自分で活字にして印刷・製本も可能になり始めたころであったが、ワープロはまだ高校生には高すぎるおもちゃであり、一部の人間しかもっていなかった。そのため、活字本は写植から依頼する必要があり、わが文学部では長野刑務所に毎年依頼していたのである。

入口の守衛所で女子高生たちがいる姿は、近所の人達には奇異な光景であっただろう。

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私が在籍していた頃の部誌。先日母校の学校図書館を訪ねたら、保管してあったモノを発見。

今は写植の必要ばかりか、図版すらもコンピューターで素人にも可能となり、また印刷も安価に出来るようになった。いまでも部誌そのものは刊行しているようであるが、印刷はどうしているのだろうか。ぜひとも知りたい。

 

下りるために登るんさ

1985年8月12日。
私は小学生で、テレビで日航機墜落の速報を目にした。
その後、祖母を相手に「大変だー!」と騒ぎ、テレビを通して入ってくる速報に釘付けになっていた記憶がある。
私の長野出身。
当初、言われた墜落現場は長野県。複数の目撃が県内から寄せられているということで、長野の放送局は大騒ぎだったのである。

この時、情報は錯綜する事実を初めて知った。特にテレビを通しての情報が錯綜し、記者たちが慌ただしく動く様は強い印象を与えた。
この後、同様の体験をしたのは、阪神淡路大震災サリン事件、アメリカ同時多発テロ東日本大震災の時ぐらいだった。


この時の究極までの緊張感を描いたのが、横山秀夫であった。

 

クライマーズ・ハイ (文春文庫)

クライマーズ・ハイ (文春文庫)

 

 

この事故が起きた時の混乱ぶりが、作品内での臨場感ある描写によって浮き上がり、懐かしさすら感じた。
この作品を読みすすめているだけで、ただひたすらに絶壁を登り続けるような緊張感がある。まさしく、「クライマーズ・ハイ」だ。

それは作品内にたくさんの「対立」が描かれているからだろう。

現場が長野か群馬かで、大きく変わる管轄争い。
浅間山荘事件にしがみつく先輩と、今回の事故に影響される後輩。
政治とジャーナリズム。
管理職と現場。
部門争い。
そして、父と子。

ぬきさしならない対立関係が、作品の緊張感を高めてくれる。

そしてこの世界は、秀逸な小説だけでなく、秀逸な映像作品にもなった。

 

クライマーズ・ハイ [Blu-ray]
 

 

あの事故から30年。
今一度、あの事故がもたらしたものはなんだったのか、考えてみたい。

 

そしてこの記事を書いている間に、こんなニュースが飛び込んできた。

headlines.yahoo.co.jp

事故の後遺症はまだまだつづいている。

オリジナリティー

作家は文字という道具を用い、自分の世界を表現する。
語彙そのものは何万語という途方もない数であるが、それでも無限ではない。言い換えれば、限られた範囲の中で言葉を組み合わせて表現しなくてはならない。
作曲家はもっと大変である。基本は12音。あとは音の高低とリズムの組み合わせ、それから楽器の音色を組み合わせることで新たなものを創作しなければならない。

限定的な中で作り出すということは、たとえ数%の確立であっても、「類似」なものが生まれる。
創作手法の一つとして「パターン」がある。そのパターンが基本に沿ったもので、もしくは簡潔なものであればあるほど類似する可能性は高まる。

そしてその究極の簡潔なものに行きつくと、基本の形が同一であれば、当然類似どころか全く同一のものになるのも、可能性はゼロではない。
そこまでいきつくとどうなるか。先に生み出した者のものであるとし、後出のものは場合によっては「盗作」と見なされる。

悪意のある盗作は、話は簡単である。盗作した者が悪く、著作権侵害で責めを負えばよい。
問題は、無意識下での真似や思い込み、または偶然の産物である場合である。それも表現上では限りなく似通っていて、どこまでが類似でどこまでが盗作か判断できない場合である。
さらに問題をややこしくするのは、絵画にしても文体にしても、その表現技法を習得する一つの手段として、「模写」がある。絵画ミステリーで、修行のため精巧な模写を作成しているうちに悪徳ブローカーに目をつけられ、いつの間にか贋作事件に巻き込まれるていう話はよくある。
私自身の経験ではあるが、人の手書きの文章をテキストデータに書き起こしているうちに、その文体が自分のものとなってしまうということもある。

模写以外にも、一つの文芸的お遊びとして、「オマージュ」や「パロディ」、さらには「本歌取り」というものもある。
これもまた、時には著作権の侵害として、「盗作」呼ばわりされることもある。

本書は、言語学的にどこまでが「類似」の表現で、どこからが「盗作」と言わざるをえない同一性をもっているのかを、言語学的に検証したもの(題材に挙げてある文章に対して、盗作であるかどうかを断罪するものではない)。

 

 

結論から言ってしまうと、語彙単位ではなかなか「盗作」とは判断できない。助詞・助動詞が多少違いが生じる理由については、

 (大学の授業で、学生に音読させたとき)例えば「東京へもどった」とある箇所を学生が「東京にもどった」と音読することがある。読み間違いではあるが、自身が日頃使っている表現を思わず発生してしまうということだろう。こういう場合、学生は自身が読み間違ったことになかなか気付かない。(87p)

といい、無意識下による改変に過ぎないと指摘する点が面白かった。

そもそも筆者が、これを執筆した背景には、レポートなどの剽窃問題があった。

 (コピペの行為は)自身のオリジナリティーを自身で否定している(191p)

もうコピーアンドペーストという行為そのものが、自分のオリジナリティーそのものを否定した行為というわけだ。


さて、作家は言葉によるお遊びが好きである。そのお遊びが、前述した「オマージュ」や「パロディ」、「本歌取り」である。
最近では少年探偵団のオマージュ本が出された。

パロディは、芥川龍之介の王朝物作品が有名ではあるが、私のお気に入りのパロディを紹介したい。

 今日、パパが死んだ。
昨日かもしれないけど、私には分からない。 

 
もちろん元ネタはこれ。

 きょう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かも知れないが、私にはわからない。 

 

異邦人 (新潮文庫)

異邦人 (新潮文庫)

 

 

これだけ比較すれば、語彙のレベルでも文章の構成もほぼ同一であるが、「ママン」が「パパ」に変更されただけで、秀逸なパロディ作品に華麗に変身する。
もちろん、オマージュにしろパロディにしろ、一部分を変化させただけでは評価されない。

タイトルと、主人公と、その親と年若い親の再婚候補者と海辺の別荘で過ごす設定の元ネタはこれ。

 

悲しみよこんにちは (新潮文庫)

悲しみよこんにちは (新潮文庫)

 

 

実を言うと、私が『殺人よ、こんにちは』を読んだのは小学校6年生。だから、『悲しみよこんにちは』を知るはずもなく、高校でこの作品を手にして思ったのは、サガンがパロディを書いたのか、ということだった。無知って怖い。

赤川次郎は、さらに自分の作品すらも発展させてしまうところがすごい。

 

 

もう一つ、秀逸な本歌取り小説。

 

そして誰もいなくなる (中公文庫)

そして誰もいなくなる (中公文庫)

 

 

単独でも十分楽しめるが、元ネタを読んでおくともっと楽しめる。

 

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 

そこに書かれていることが他のどの作品の影響をうけていたり、また意識しているか、さらには元ネタが何かなどを読み取ることは、本読みの一つの楽しみである。
ところが、近年はそういった楽しみは、「著作権保護」の下にできなくなっているらしい。
今邑彩は、文庫版のあとがきで激怒している。何があったのか、ググるくらいでは分からなかったが、著者がここまで書くと言うことは相当なことがあったのだろう。

 

盗作も剽窃もしてはならないことであるし、著作権も守らなければならない。

しかしながら「遊び」心を忘れず、そしてそれに対して寛容でありたい。