うさぎの書斎

司書教諭が読んだ本

シンパシイ

 当事者ではないけれど、大きな事件が衝撃の記憶で残っていて、その話になると多少なりとも興奮するという事件は、誰にでもあるらしい。

うちの母の場合は、ケネディ大統領暗殺、三島由紀夫割腹自殺、浅間山荘事件。

私は、日航ジャンボ機墜落事故サリン事件(松本・霞ヶ関両方)。

金閣寺炎上事件が、これに類する大事件とは、酒井順子著『金閣寺の燃やし方』を読むまで思いもしなかった。

金閣寺の燃やし方 (講談社文庫)

金閣寺の燃やし方 (講談社文庫)

 

 

この作品の主題でもある「金閣寺炎上」事件が起きたのは、1950年7月2日のこと。終戦から五年経ってるとはいえ、まだまだ衣食住が足りていない復興半ばの時。幸いにも戦火で焼かれることなくここまで来たのに、まさかの火事、さらには見習い僧による放火での国宝消失は世間に大きな衝撃を与えた。

この犯人に対して「シンパシイ」を抱いた作家がいた。『金閣寺』を書いた三島由紀夫と、『五番町夕霧楼』と『金閣炎上』の水上勉

 

金閣寺 (新潮文庫)

金閣寺 (新潮文庫)

 

  

五番町夕霧楼 (新潮文庫)

五番町夕霧楼 (新潮文庫)

 

 

金閣炎上 (新潮文庫)

金閣炎上 (新潮文庫)

 

 おなじ人物にシンパシイを抱きながら、その人物について全く違う人物に描いていることは、酒井が指摘するまでもないのだが、その両者の描き方の違いを、三島と水上の生い立ちを追い、比較させながら、ユーモラスに時には辛口な酒井節で解説されている。

両者の比較もまたうまい。生まれたての記憶が光りだった三島に対して、暗い音がその時の記憶だった水上。

太平洋側のそして首都である東京でエリートコースを歩んだ三島が「表日本」の象徴で、日本海側の「裏日本」で生きたのは水上。

金閣およびその炎上がもたらした「美」を徹底的に描いたのが三島なら、その「美」の裏にあったものを書いたのが水上。

私自身、三島の『金閣寺』を高校時代に日本文学の名作の一つという理由で読んだ。ちなみにそれが実際の事件だったと知ったのは、現代社会の資料集だった覚えがある。もしかしたら国語便覧か。しかし水上勉は、読まなかった。というよりこの2作品をの存在をついこの間まで知らなかった。言い換えれば、三島の『金閣寺』の方がメジャーなのは確かなのだ。

そして、世間一般的に今でも三島の『金閣寺』が売れている理由が、これでよくわかった。人は徹底的に暗いイメージよりも明るいイメージの方が好む。

酒井構成や文章の巧みさは、最後まで期待を裏切らない。中盤まで、三島の「光」と水上の「闇」を徹底的に読者に植えつけながら、三島と水上の最期では見事にそのイメージを逆転させている。そしてその両者の中心軸には犯人がかならず添えられ、つねに三位一体で語られるのである。

本書の元ネタである『金閣寺』や『金閣炎上』を読んでから本書を読んでも楽しいだろうし、本書を読んでから親近感持って元ネタを読むのも楽しいだろう。

日本文学そのものを読み慣れていない場合には、本書はきっかけ本としても面白い。

 

金閣のギラギラは、つまり義満のギラギラ。木造建築物は、年月を重ねれば重ねるほど渋さを増し、建てた当初の生々しさを想像しづらくなるものですが、金閣の場合は放火という事件の後に再建されたことによって、はからずも私達に、義満の当初の意思を思い出させてくれました。そう考えてみれば、京都という街は、為政者や貴族武士達の、千年分の生々しい思いが宿っている、生々しい土地なのです」(p26)

あまりにも立派な再建で、消失前の金閣寺をイメージできない現代人の私達。金閣寺のパンフレットには放火によって消失されたこの事件は書かれていないという。

人の人生や価値観に大きな影響を与えた大事件ではあったが、二人の作家の働きによって「金閣寺炎上」はフィクションの世界では確固たる地位を築き、現実社会では「義満のギラギラ」によって炎上事件そのものがなくなってしまった。