うさぎの書斎

司書教諭が読んだ本

ミクロの決死圏

「死」は恐ろしいことである。
人は、突然「死」に直面するとしばしばパニックになる。特に、それが原因不明で治療法も対処方法もわからずとなれば、集団ヒステリーともパニックともなり得る。

最近でいえば、エボラ出血熱がそうであり、少し前は各種新型インフルエンザ、エイズもまた新しい方であるし、現在進行形。パニックの割によく分からないままうやむやになったのは、狂牛病のあたりか。

 

さて、『医学探偵の歴史事件簿Ⅱ』がいつの間にか刊行されていて、しかも自分で図書室に受け入れていたにもかかわらず見過ごしていて慌てて読んだ。もちろん『医学探偵の歴史事件』も読んでいる。

 

医学探偵の歴史事件簿 ファイル2 (岩波新書)

医学探偵の歴史事件簿 ファイル2 (岩波新書)

 

  

医学探偵の歴史事件簿 (岩波新書)

医学探偵の歴史事件簿 (岩波新書)

 

 探偵ものの物語が大好きな私が読むのは自然のことだったが、実は勘違いからこれを読もうとした。その勘違いとは、「本業は医者という探偵の小説」と思って、わくわくしながら手に取ったのである。
もちろん、岩波新書という点で「あれ?」とは思った。でも永六輔の『大往生』や大岡信の『折々のうた』などのエッセイやコラムといった文芸作品もたまには出すし、ちくまプリマーでも変化球のように小説入れるからなぁ、とも思い、小説だと信じ込んだ。
ちなみに、この時点では「歴史」とタイトルに入っている意味は深く考えていなかった。「医学探偵」しか目に入っていなかったのである。

 

大往生 (岩波新書)

大往生 (岩波新書)

 

  

新 折々のうた〈1〉 (岩波新書)

新 折々のうた〈1〉 (岩波新書)

 

  

包帯クラブ (ちくまプリマー新書)

包帯クラブ (ちくまプリマー新書)

 

 


その次におかしい、と気がついたのは、NDCが「490.2」だと知った時であるが、すでに脳内では「この本は探偵小説」という刷り込みがされており、そのモードのまま読み始めたのである。


そのおかげかどうかは分からないが、探偵の事件解明の過程は、医者が病気を解明する過程と同じであるということが、すぐ納得でき、まえがきに対しても素直に納得できた。
だから、海堂尊や知念実希人といった推理小説作家がいるのもうなずけた。

 

チーム・バチスタの栄光(上) 「このミス」大賞シリーズ (宝島社文庫 599)

チーム・バチスタの栄光(上) 「このミス」大賞シリーズ (宝島社文庫 599)

 

  

仮面病棟 (実業之日本社文庫)

仮面病棟 (実業之日本社文庫)

 

 

さて、本書では、その当時には原因やそもそもどういう病気であったのか分からない症例を、少ないながらも残された文献などから歴史上の人物たちの病気を推理していく。
その時代では、「奇蹟」であるような治癒話も、医学が進んだ現代では奇蹟でもなんでもないことが、様々な科学技術の発展をも同時に読み取れて面白かった。さらには、これだけ医学が進歩しても、まだ解明ではない病気もあり、それはすなわち今後のさらなる医学発展の余地があることをも示唆している。


なお、医者でありながら作家という人は、たくさんいる。森鴎外渡辺淳一、帚木蓬生、加賀乙彦南木佳士北杜夫藤枝静男夏川草介、など。

 

白い宴 (角川文庫 緑 307ー4)

白い宴 (角川文庫 緑 307ー4)

 

 

宣告 (上巻) (新潮文庫)

宣告 (上巻) (新潮文庫)

 

  

神様のカルテ (小学館文庫)

神様のカルテ (小学館文庫)

 

 
そもそも知性が高いから文章を書くことができる上に(森鴎外の時代はまさしく特別な知識階層だったわけだし)、医療を通して彼らは実に大勢の人の人生を垣間見る。生と死は人生そのものであり、彼らは経に性と死に対峙している。そしてそれらの体験が、小説という形になるのであろう。


最後に。
原因不明の病気に対してパニックを起こすのは、今も昔も変わらない実は普遍的なことなのだとも思った。

よく分からない病気を、すべて災いや魔女といったようなもののせいにできた社会というのは、いつ自分がその被害を被るのか怖く思う反面、そういう単純な社会がお気楽さが感じられて、アップアップの現代からその時代にタイムスリップしたい気分でもある。