うさぎの書斎

司書教諭が読んだ本

悪党

好きな作家をあげる時、この数年間は南木佳士と答えてる。

もともと母が読んでいたこともあり、高校時代、母のところから文庫を持っていっては読んでいた。母の読書の傾向は、その時々ではっきりしていたので、南木佳士を読んでいたときには正直びっくりした。

高校時代に読んでいたときは、多分信州の風景描写に親近感を覚えていたのだろう。その後しばらく読まなかったが、やはり5年前ぐらいに母の手元に『家族』を見つけて読んで南木佳士熱が再燃したのである。 

家族 (文春文庫)

家族 (文春文庫)

 

 『家族』の中で南木佳士らしき主人公が不倫をしていた、という記述にショックを受ける程度に好きである。

この作品は、本校で編纂した『ブックリスト』にも掲載。現在入手不可なため、昨年度削ることも考えたが、これに代わるものは見つからず、現在も掲載したままだ。

理由は、私が一番気に入っているのもあるが、この作品は紹介すると高校生は意外と読むのである。純文学系では、太宰の『人間失格』の次に読まれているといっても過言ではない。

家族のあり方、親子のあり方に悩み多い思春期の高校生には、まず『家族』というタイトルに惹かれるようだ。だから読んでみると、高校生には想定外な展開に戸惑うようである。しかし、文体が語りかけるような易しい表現に、ホッとしながら読むらしい。そして内容はいささか介護問題という重く暗いものではあるが、遠くない将来の我が身と両親の姿を想像しながら読んでいるようである。

もし高校生に少し「固い本」を読ませたければお薦めである

 

 現役の医者として働きながらの執筆だから、南木佳士は多作ではない。だから次の作品が出るまでに、ともするとその存在を忘れてしまう。

しかしこの一年ばかりマイブームだったから、新刊はすぐに目についた。

陽子の一日 (文春文庫)

陽子の一日 (文春文庫)

 

 文学界新人賞受賞作「破水」の主人公のその後を描いたものである。

この40年弱の医療発展史でもあり、専門職であるがために抱える古くなった専門知識と新しい専門知識との軋轢、そして老医師と研修医や若い医師たちの価値観の違い、医療の現場にあるだろうなという諸問題を日常生活と、そしてかつての同僚・黒田の奇妙な「病歴要約」とからめながらさりげなく平易に描写している。

陽子の世代は、私の親世代。

彼女の息子との日常は、まさしく同世代の私の日常の一部とも重なった。

NHKテレビドラマの『大草原の小さな家』のこと。 

 死について怖く感じたのも息子とおなじ中学生時代。陽子のように黙って受け止める母だったら、もっと早く死に対して鈍感になれたのではないかと思う。

定年間近の古文の教師は、タバコのヤニで黄色くなった指先で鼻毛を抜きながら、あのなあ、医者なんて、むかしは貴族たちからみれば陰陽師とおなじ程度の扱いで、身分は低かったんだぞ。呪い師みたいなもんだな。黒田が悪党だって見抜いたのはたいしたもんだよ。おまえセンスあるよ。でもな、悪党って言葉は、いま使われているのとは異なる意味を持っていたみたいだ、むかしは。なんていうか、つまるところしぶとい野郎っていうような意味かな。

 

黒田は「医者は悪党」という。 

生に執着し、死にも執着する。だからこそ、他者の死に無理矢理にでも向き合えるのだろう。

 

南木佳士のかく女性像は、非常に生々しい。リアルなのである。生にしろ、性にしろ、外見も内面も。女性がうまく描けている。そのリアルさ故に、時たま自分の「女性」的な面に目を背けたくなる。